「ヘリコプター・カルテット」という名前からは、ヘリコプターを題材にした音楽という想像ができるが、作者はシュトックハウゼン。そんなに生易しいものではない。ビオラ、チェロ、そして2台のバイオリン、これらの奏者は別々のヘリコプターに乗り込み、飛翔してヘリコプターの中で演奏する。これらヘリコプターの奏者は、ビデオカメラとモニターで互いの演奏を確認できるようになっており、一台のヘリコプターにつき3本のマイクロフォンで音を収録し、それぞれの奏者と聴衆のいる会場へ送信されるようになっている。
実際にこの曲を聞くまでは、おそらく単なる思い付き、または奇をてらっただけの演奏だと思っていた。しかし、そうではなかった。なぜヘリコプターなのか。実は乗り物はヘリコプターでなければならないのだ。電車やバス、船の中で演奏するのとは全く意味が違う。これらの演奏者がヘリコプターに乗り込んで演奏することには、必然があったのだ。そのことは、実際に音楽を聴いてみるとわかる。
CDをかけると、まずヘリコプターのエンジン音から始まる。少しずつ大きくなるエンジン音にプロペラの音が入ってくる。そしてビオラ、チェロ、バイオリンの演奏が始まる。エンジン音が高くなり、プロペラの回転が速くなるにつれ、弦楽器のフレーズも速度を増す。そう、ヘリコプターの操縦士と弦楽器の演奏者は、互いにコラボレーションをしているのだ。ヘリコプターが高く、低く、そして速く、遅く、空を飛びまわりながら、その中にいる弦楽器奏者は、飛行体験に影響を受けながら演奏する。物理的な変化が演奏に影響を与えるという、ダイナミックなコラボレーションだ。
この曲では、当然ながらヘリコプターのエンジン音やプロペラ音も、音楽の重要な要素である。これらの音は右チャンネルと左チャンネルを行き来している。単に環境として偶然に録音されたものではなく、おそらく意識的にミックスされたものであろう。さらに曲が佳境に入ってくると、むしろヘリコプターの音が主であり、弦楽器の音が伴奏に思えてくる。となると、まさに、この曲は、「4台のヘリコプターによる音楽」であることになる。楽器は4台のヘリコプターであり、演奏者はヘリコプターの操縦士なのだ。
一般の楽器ではない物の音を音楽に利用する「ミュージック・コンクレート」というジャンルがある。ピエール・ブーレーズやエドガー・ヴァレーズ、ヤニス・クセナキスらが有名だが、この「ヘリコプター・カルテット」は、単にヘリコプターという楽器ではないものを音楽に利用した、というだけではなく、ヘリコプターの操縦士との物理的なコラボレーションであるという点が、単なるミュージック・コンクレート作品と画期的に異なる。ヘリコプターが主たる楽器であるとすれば、楽器の中に伴奏者を入れて演奏をする、ということになるわけだ。これほどエキセントリックなコラボレーションはない。
ヘリコプター・カルテットは1996年12月7日と8日に録音された。このCDは1999年に発売されたフランス盤だ。(20061216/yoc/カルト・ミュージック・コレクション)